黒い赤ちゃんが生まれた「カネミ油症」はなぜ起きたのか 国内最大の食品公害は終わってない

 国内最大規模の「食品公害」、カネミ油症を知っていますか。汚染された食用油を食べた人に健康被害が出て、1968年に発覚しましたが、過去の公害ではありません。最近、ようやく「次世代」の被害者救済に向けた厚生労働省の調査が決まりました。なぜ、このような公害が起きたのか。徳島大学名誉教授・和田眞さん(専門は有機化学)が原因化学物質について説明します。

 福岡県北九州市のカネミ倉庫が販売した食用の米ぬか油を口にした人に、吹き出物、顔面などへの色素沈着、手足のしびれ、めまい、肝機能障害などの健康被害がでたカネミ油症は、1968年に発覚、西日本を中心に被害が拡大し、約14000人以上の方が被害を訴えた国内最大規模の食品公害です。

 しかも、カネミ油症の母親から全身黒褐色の赤ちゃんが産まれ、2週間ほどで死亡した事例が発生し、社会に大きな衝撃を与えました。このカネミ油症の公害は、「YUSHO」と呼称され、国際的にも関心を集めました。

 誤解を与えないように、まず説明しておくと、健康被害の原因物質は食用油の原料の「米ぬか」ではありません。食用油の製造工程で混入した化学物質です。

 良く知られているように、米ぬかには独特の臭いがあります。この米ぬか油から臭いを消すには、油自体を高温にさらすことが不可欠であり、そのためには脱臭装置の蛇管の中を高温の熱媒体を通す必要がありました。カネミ油症の原因は、この脱臭装置の蛇管から、熱媒体として使われた化学物質が漏れて油に混入したためでした。混入した化学物質は、鐘淵化学工業(現・カネカ)で生産された人工物質ポリ塩化ビフェニール(Polychlorobiphenyl、略してPCB)でした。

 汚染された油は西日本を中心に広く流通され、福岡県以外にも被害をもたらしました。この米ぬか油を摂取した患者は現在まで長きにわたり、さまざまな後遺症に悩まされているのが実態です。

■ 汚染油を食べていない次世代にも…子や孫らの調査へ

 2021年1月8日の朝日新聞、6月26日の毎日新聞に、カネミ油症に関する厚生労働省の方針が報道されています。

 支援団体「カネミ油症被害者支援センター」(YSC)が昨年行った被害者の子供や孫へのアンケート調査によれば、認定患者と似た症状がみられたとのこと。そこで、YSCは昨年12月、次世代の救済や全国規模の調査実施を厚生労働省に要請しました。

 これを受けて、6月25日、国は認定患者の子を対象に実施する健康実態調査に孫も含める方針を被害者団体などとのオンライン協議で明らかにしました。協議は厚生労働省と認定患者、医師らで構成する全国油症治療研究班(事務局・九州大)などが非公開で実施、8月から認定患者に調査票を配布し、その子と孫に協力を呼びかける方針が明らかにされました。

 本油症事件については、2012年に被害者救済法が成立しましたが、健康不安や差別に苦しむ子や孫らの大半は患者認定されていませんでした。今回の国の方針により、丁寧な健康実態調査の実施、そして認定基準の見直しが行われることが期待されます。

■  迫るポリ塩化ビフェニールの処分期限

 さて、ここからはカネミ油症に関わる化学物質について、少しばかりその化学を紹介しましょう。前述のとおり、原因は材料の米ぬかではなく、その脱臭目的のために使われた熱媒体です。名前こそ良く知られたPCBという化学物質です。

 少し専門的になりますが、PCBはベンゼン環が二つ直結し、そのベンゼン環に塩素原子が1個から10個結合した構造を有しています。したがって、PCBは一つの化合物ではなく、総称名で、209個の異性体(分子式は同じでも形が違うもの)が存在します。

 このPCBは、熱に対して安定で、電気絶縁性が高く、耐薬品性に優れています。加熱や冷却用熱媒体、 変圧器やコンデンサといった電気機器の絶縁油、可塑剤、塗料、ノンカーボン紙の溶剤など、非常に幅広い分野で使われてきました。しかし、生体に対する毒性が高く、脂肪組織に蓄積しやすく、発癌性があり、また皮膚障害、内臓障害、ホルモン異常を引き起こすことが分かり、カネミ油症発覚して以降、1972年に製造・使用禁止になりました。

 2000年頃、世界でPCBを含む電機・電気製品からPCBを含む絶縁油が漏れる事故が相次ぎ、大きな社会問題となりました。わが国でも、小学校、中学校、高等学校で、古い蛍光灯の安定器のコンデンサが爆発して、PCBが生徒や児童に直接降りかかる事故が発生したことは記憶に残っているところです。

 このPCBは、未だに分解処理できずに、安全と思われる場所に保管されています。しかし、2001年「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法」(PCB特別措置法)の施行を契機に、全国5ブロックに処理場が設置され、高濃度PCB廃棄物は期限内に処分しなければなりません。北九州・大阪エリアは処分期間を終了、北海道・東京・豊田エリアは2023年3月までが期限になっています。この処分の知らせが、電車の中にまで貼られていましたが、どのくらいの方が気づいたことでしょうか。

■ 原因物質の正体と猛毒のダイオキシンとの関係性

 カネミ油症の本当の原因物質は、使用した熱媒体のPCBそのものではなく、PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)であることが明らかになっています。PCDFはPCBに酸素原子が一個挿入された化学構造を有していますので、加熱の過程で酸化反応が起こり、PCBがPCDFに変化したものと考えられています。PCDFにさらに酸素が一個挿入されると、世界的に大問題になった猛毒のダイオキシン類となります。

■ 身の回りの化学物質に関心を

 カネミ油症事件は、脱臭装置の配管から何からの原因で化学物質が漏れて発生した人災でした。さらに悲劇的だったのは、使われた毒性の強いPCBが熱化学反応を起こし、さらに猛毒化した化合物にいつの間にか変化してしまったことでした。用いた化学物質が姿を変え、植物、動物、人間までをむしばむ危険性を、「沈黙の春」を著したレーチェル・カーソンは、ほぼ60年前に指摘しています。

 PCB、PCDF、ダイオキシン類以外にも、環境ホルモンと総称される化学物質は身の回りに数多くありますので、それなりに化学物質に関心を示すとともに注意を払うべきです。これらについては、別の稿で述べたいと思います。

 

(2021年7月4日 AERA dot. より)

 

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