「最悪の人生やった」 戦後最大規模の食品公害、カネミ油症被害者のいま

  • 2019年3月28日
  • 2019年3月29日
  • PCB関連

食品公害「カネミ油症事件」を記憶している人は、もうほとんどいないかもしれない。発覚は1968年10月だった。食用米ぬか油の製造工程で有害物質ポリ塩化ビフェニール(PCB)が混入し、これを口にした人から皮膚の異常や内臓疾患などが続出。肌の黒い赤ちゃんが産まれ、社会に大きなショックを与えた。都道府県知事による認定患者は累計で2322人(死亡者を含む)を数えるが、半世紀前には健康被害を訴えていた人が1万4320人もいた。救済の手が伸びず、今も心身の不調に悩む人は大勢いる。(神戸新聞社/Yahoo!ニュース 特集編集部)


「この油おかしい」 人生暗転

「ライスオイルを天ぷら油にすると、プクプクと変な泡が沸いてきた。健康にいいと評判だったけど、母が『この油おかしい』って。それを食べてから最悪の人生やった」
兵庫県姫路市在住で、認定患者の渡部道子さん(62)はそう振り返る。小学5年の3月、転居したばかりの長崎県・五島列島で、PCBに汚染されたカネミ倉庫製の米ぬか油「ライスオイル」を口にした。間もなく、お尻や背中に膿(うみ)のある大きなおできができ始めた。
「クラスの半分以上が同じ症状。下着に膿が付くから毎朝、母が(膿を)絞り出して、薬を付けて油紙とガーゼで手当してくれた。弟の背中の膿もよくつぶしてやった。手袋をはめて力を入れると、ぴゅっと膿が飛んだ」
一家4人、全員が油症患者と認定された。その渡部さんの訴えを動画で見てほしい。

原因不明の高熱繰り返す
事件は1968年、カネミ倉庫(北九州市)製の食用米ぬか油「カネミライスオイル」にPCBが混入したことで始まった。当時、油の脱臭工程として、加熱したPCBを循環させていた。そのパイプに穴が開き、油に漏出。加熱によってPCBは強毒性のダイオキシン類に変化し、油を食べた人たちに深刻な健康被害をもたらす。被害者は西日本を中心に広範囲に広がり、国内最大規模の食品公害事件となった。
認定患者となった渡部さんは、その後どうなったのか。
「原因不明の高熱をくり返して入院。がんで右の卵巣を取った時は母が泣いてた。高校も入院ばかりで、行きたい大学はあきらめた。人生変えられて、めっちゃむかつくよね」
35歳くらいまで著しい不調が続いた。今も極端に疲れやすく、病気が重症化しやすい体質を引きずる。
1980年ごろ、長崎県から姫路市に移った。関西の被害者の世話役をしていた父親が亡くなったのをきっかけに、2011年、「油症被害者関西連絡会」を立ち上げる。関西では、患者同士のつながりが弱く、この連絡会ができるまで、まとまった患者団体はなかったという。
連絡会の活動を始めてからも、関西と九州の「差」にがくぜんとした。
「カネミ倉庫に医療費を請求する方法を知っている人がほとんどいないなんて。絶対におかしい」

紫色の赤ちゃん、わずか2週間の生
「紫色の赤ちゃん」が産まれたケースもある。
9カ月の早産で生まれた赤ちゃんは全身紫色。その姿を見た母親はパニックを起こし、気を失ったという。赤ちゃんは母乳ものどを通らないまま、わずか2週間で人生を終えた。
それから50年。その母親は78歳になり、大阪市に住んでいる。取材に赴くと、当時のつらい出来事を振り返ってくれた。
大工だった夫(故人)と1男2女。家族で不自由ない生活を送っていたという。「ライスオイル」は、米屋から買った商品の一つ。「体に良い」と言われ、普段から天ぷらや野菜炒めなどに使っていた。
この商品を使い始めて2、3カ月たった1968年夏の終わり。女性の体中に赤い湿疹ができ、かゆみも出た。頻繁にめまいに襲われるようにもなった。2歳の次女は小児ぜんそくになり、引きつけを起こして月に数回、救急車で運ばれた。夫は腹膜炎で倒れて仕事ができなくなり、家族は生活保護に頼らざるを得なくなった。
「一日を生きるのが必死でした」
紫色で産まれた赤ちゃんは、妊娠中に口にした「ライスオイル」が原因だったと思っている。
血液中のPCBやダイオキシン類の濃度について、女性は一般人と差がないとされ、患者認定されていない。だが、10年ほど前、カネミ油症を報じる新聞記事を見て、長年の疑念が確信に変わったという。渡部さんらがつくった「連絡会」と出合って、「自分は未認定患者」という立場であることが、さらにはっきりしたという。
患者かどうかの認定は、身体症状やダイオキシン類の血中濃度などから判断されている。本当にこれで関係者の救済が可能なのか。患者団体の「連絡会」は「基準が患者の実態に即していない。米ぬか油を摂取した事実で認定すべきだ」と主張している。

子どもや孫など次世代にも油症の影響
「カネミ油症事件」を引き起こしたPCBは、通常の油のような、半透明の液体だ。電気を通さない絶縁性があり、酸やアルカリと接触しても変化しない。その性質から、かつては「夢の化学物質」と呼ばれ、蛍光灯の安定器やトランス、コンデンサーなどの電気関係で広く利用されてきた。
その後、PCBの毒性が発覚したことなどから、1973年以降、日本国内では製造や使用、輸入が法律で禁止されている。ところが、カネミ油症の影響は、子や孫など次世代にも現れてきた。大阪府に住む認定患者の男性(54)の長男(23)もその一人だ。
長男は顔や背中にできる「ひどいニキビ」に悩まされてきた。服やかばんでこすれると腫れたり、膿がつぶれたりする。朝は目やにが固まって、まぶたを開けることができない。
父親は3歳の時にライスオイルを食べており、患者認定を受けた。
「息子に影響が及んだかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱい」
長男は油症検診を受けてもダイオキシン類の数値が基準以下となるため、患者認定されていない。この長男のように、身体に症状が出ていても油症患者として認定されないケースは少なくない。

次世代の4割に身体症状
認定患者を対象とした厚生労働省の健康実態調査(2008年)では、回答者の約4割が、事件発生後に生まれた子どもに身体症状がある、と答えた。そのうち3割以上が、「湿疹ができやすい」「疲れやすい」「鼻血がよく出る」などの症状があると回答している。
PCBやダイオキシン類は、胎盤や母乳を通じて母から子に影響するとの研究結果がある。それでも、子や孫世代で患者認定を受けている人は多くない。一方、「父から子」の影響については未解明だが、症状を訴える人はいる。
ダイオキシンの研究に取り組む摂南大の宮田秀明名誉教授は言う。
「ダイオキシン類が胎児に与える影響の研究は進んでいません。大人より低い濃度で毒性の影響を受ける可能性は高いが、大人の基準値を当てはめて診断しているから、患者認定に至らないのが実情です」

知らないうちに、重荷背負わされ
兵庫県内に住む50代の会社員男性は、4年前にカネミ油症の認定を受けた。取材に赴くと、これまでの人生をこう言い表した。
「野球漫画『巨人の星』に出てきた大リーグボール養成ギプスを知らないうちに身に着けて、大きな負荷を背負って過ごしてきた感じですね」
幼いころ、手足や頭の皮膚が油っぽく変質し、ぐずぐずになって、べろりと剝がれた。爪の間に油のようなものがたまり、足の親指の爪が丸ごと剝がれたこともある。今もひどい疲れや、化学物質に敏感な体質が日常生活を縛る。
この男性は数年前、PCBを使用した電気機械の処分話が職場で持ち上がった際、カネミ油症のことを思い出したという。「もしや自分も」と考え、油症検診を受けて2014年に患者として認定された。
12~17年の検診による患者認定は全国で36人しかいない。関西ではこの男性だけだ。多くの油症患者の場合、残留農薬が多い野菜や食品添加物を口にすると倦怠感や頭痛に悩まされる。身の回りの化学物質を注意深く避けなければならない。
男性は言う。
「50年たって、自分の特異体質が油のせいだとようやく分かりました。今の大変さが生来の自分の性質なのか、カネミ油症によるものなのか、線引きするのは難しい。それでも油症のことがなければ、もう少し晴れやかな人生だったのかもしれないですね」
「同じように原因が分からず苦しんでいる人はたくさんいると思います」

下顎の腫瘍、20回くらい切除
関西には認定患者が約130人いる。その人たちは、どんな人生を歩み、今はどんな暮らしぶりなのだろうか。その一端を知ろうと、神戸新聞社は油症被害者関西連絡会を通じ、未認定の被害者を含む47人に対し、書面アンケートへの回答をお願いした。
それらの回答を少し紹介したい。
「小学生の時に下顎に水がたまり、数カ月入院。19歳で下顎に腫瘍ができるようになり、20回くらい切除した。口の運動障害が残り、容貌の変形などがある」(50代女性)
「食欲不振 発熱 虚弱 歯が弱い」(50代男性)
「(当時)子育て中で体力的に苦しい思いをした。子どもは風邪や熱で病院通い。下の子は重い肺炎でつらい思いをした」(80代女性)
50代の女性は、悲痛な思いをこう記している。
「油症被害発覚以降に病気になってから現在まで、病院通いでつらい毎日。体調不良もあり、働くことも大変だった。医療費や交通費の中でも(カネミ倉庫に)一部支払ってもらえない費用があり、全ての支払いをしてほしい」
50代男性はこう綴った。
「油症患者は健康に生きるという基本的人権を奪われた状態で生活せねばならず、加害者とその後継者はその点を理解し、支援について深く考え、行動してもらいたい。世間の人にとっても人ごとではない。この問題が放置されれば、自分や子どもの将来の脅威になり得ることを考えてほしい」

2019年3月28日 Yahoo!ニュース より

 

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