有害化学物質ポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシン類などが混じった食用米ぬか油によって引き起こされた戦後最大規模の食中毒事件「カネミ油症」。発覚から今年で50年となるのを機に事件の実相や教訓を後世につなごうと、全国の被害者、支援者、市民が話し合った11月17日の五島市での記念行事を詳報する。

 被害者団体や支援団体、同市などでつくるカネミ油症事件発生50年事業実行委員会(会長・下田守下関市立大名誉教授)が主催。犠牲者を追悼する式典と、4テーマに分かれた分科会に約200人が参加した。

 半世紀前に同市で汚染油を口にした被害者3人が、経験を語った分科会。福岡県大牟田市在住の森田安子さん(65)は、喫緊の課題として、子や孫など「次世代」の救済を訴えた。森田さんの子ども3人はいずれも30代。3人は思春期を過ぎたころから、皮膚疾患や爪の変形、倦怠(けんたい)感など、森田さんと同様の症状に苦しみ、通院を繰り返してきたという。

 長女は油症検診を何度も受けて昨年ようやく認定。長男と次女は未認定のままだ。森田さんは「子どもたちのこれからの人生を考えると耐えがたい罪悪感でいっぱい」と語り、「被害者の親から生まれた子どもは無条件で救う(認定する)のが国の責務」と、救済に消極的な国への怒りをにじませた。

 カネミ油症関東連絡会の前島太共同代表(51)も子どもの健康への影響が不安で、一度は結婚を諦めた自らの経験を紹介。その後、理解ある妻と結婚し一男一女に恵まれたが、わが子は「アレルギー体質で皮膚が弱く、疲れやすい」などの症状があるという。

 関西連絡会の渡部道子共同代表(62)は、12歳の時に父の転勤先の五島市玉之浦町で油を摂取し、吹き出物や婦人科系の病気による激痛に襲われ続けた半生を振り返った。原因物質のPCBについて、「国は今も無害化処理のために多額の税金を投入し、製造したカネカは擁護するのに、私たち被害者には小さな救済しかしない」と声を震わせた。

 ■坂口元厚労相/症状で認定など4提案

 坂口力・元厚生労働相は式典の来賓あいさつで、被害者救済に向けて四つの提案をした。坂口氏は2001年の現職時代、油症がダイオキシン被害であることを国として初めて認め、04年の診断基準改定に道を開いた人物。会場の被害者らは、新たな「坂口案」に大きな期待を寄せた。

 提案の一つは、原因物質の血中濃度に主眼を置いた認定制度から症状の有無で認める形への見直しだ。

 「もう少し認定の幅を広げることができないか」とし、PCBや、PCBが熱変化したダイオキシン類PCDFの血中濃度が高くなくても症状に苦しんでいる被害者たちがいることを指摘。「50年たち、臨床的にもどういう症状の人が多いかということははっきりした。(症状があれば)認定してもいいのではないかという状況までは来ている。50年を節目に検討すべきではないか」と述べた。

 二つ目は、治療研究のてこ入れ。「研究費を拡大して、病気を治すことに努力していただけるようにできないか。国の方も研究費を惜しまず出さないといけないし、研究も拡大しないといけない」と強調した。

 三つ目は被害者への支援金。「お見舞金を多少なりとも。気は心という言葉がある。被害者は代替医療、例えばマッサージ、はり・きゅう、漢方薬、いろいろなことをやって乗り越えている。私もまだ国会にも出入りしていますから、現役の皆さんにも申し上げ、各省庁にもお話しして、納得のいく形にならないかと思っている」と述べた。

 四つ目は内部障害者としての位置付け。内部障害とは身体障害者福祉法に基づき、心臓、呼吸器、腎臓、ぼうこう・直腸、小腸、肝臓などの機能障害を指し、状態によって障害認定の対象となる。「(油症の)病気が治らなければ一生引きずっていかなければならないわけだから、内部障害者と同等とみなすということにならないか。最終的には検討しなければならないのではないか」と述べた。

平成30年12月4日 長崎新聞より