戦後最大規模の食中毒事件、カネミ油症が発覚して50年。原因企業カネミ倉庫の加藤大明社長(61)は、北九州市の同社本社で、長崎新聞の単独インタビューに応じた。将来にわたって同社の経営と油症認定患者の医療費支給の双方を安定的に継続していくことの難しさをにじませるとともに、「患者をきちんとケアできるシステムが必要」と指摘。原因物質ポリ塩化ビフェニール(PCB)を製造したカネカ(旧鐘淵化学工業)が被害者救済の枠組みに参加すべきとの考えを示した。
カネミ油症は、カネミ倉庫が米ぬか油製造時の熱媒体としてPCBをカネカから購入し、これが油に混入、西日本一帯で販売して発生した。PCBは一部ダイオキシン類に変化。本県などで被害を広げ、1968年10月に発覚した。
事件発生の責任は、主に70~80年代に争われた複数の集団訴訟などにより、カネミ倉庫が負っている。同社と共に被告となったカネカ、国が敗訴した判決はあったが、一連の訴訟の最後の判断となった全国統一2陣2審判決(86年)でカネカと国は勝訴。カネカは現在、「責任はない」として被害者団体、カネミ倉庫、国による救済協議などに関わっていない。
加藤社長は、有害物質PCBを製造しカネミ倉庫に販売したカネカにも責任があると強調する。また特措法に基づくPCB使用製品の適正な保管、処理について、PCB製造事業者ではなく、中小企業を含む使用製品の保管事業者が負担してきた点、全国のPCB廃棄物処理施設に多額の税金が投入されてきた点を疑問視。「その何パーセントかのお金で患者さんを救える。そもそもなぜ有害物質を製造し広く販売したカネカが回収・処理費を全額負担しないのか」と述べた。
加藤社長は、カネミ倉庫が認定患者の医療費自己負担分などを支払っていることなどから「曲がりなりにも責任を取ってきた」とする一方、「カネカは(見舞金などの)金を一度(過去の原告患者に)払って、その後、責任はないと言い張っている。それが50年目の姿」と強調。「被害者の救済問題を最終的に解決するにはカネカに何らかの形でコミットしてもらわなければならない」と主張した。

◎PCB

 米国スワン社が1929年に工業生産を開始。国内では54年から鐘淵化学工業(現カネカ)が製造。感圧複写紙やトランス、コンデンサー、安定器、電化製品など幅広く用いられた。三菱モンサント化成(69年~)を含め、72年の製造中止までの国内生産量は5万8787トン、国内使用は約5万4千トン。残留性、生物蓄積・濃縮性が高く内臓や神経、皮膚など人体に毒性がある。2001年、特措法施行でPCB廃棄物の処理事業が始まった。

2018年7月16日 長崎新聞より